2013年10月21日月曜日

【思い出の選手列伝】山尾伸一(西武)

なんとなくやりたかった企画。 思い出の選手列伝をスタートさせます。 第1回目は山尾伸一選手です。

山尾伸一
1968年8月6日 右投両打
宮崎県立都城西高等学校→'87西武→'90引退

私は小学校の頃はプロ野球選手名鑑を遊び道具にしておりました。
選手名鑑を見て、自分なりのオーダーを考えたり、二軍のオーダーを考えたり、オールスターメンバーを考えたり、日米野球の代表オーダーを考えたり、歴代選手のドリームチームを作ったり、今で言うエクスパンションドラフトを開催して指名してみたり、そんなのをノートにずっと書き留めていました。

その頃、西武ライオンズに100m11.2という超俊足の野手が入団しました。
それが山尾伸一選手です。

1986年のD5位という事ですが、確か西武では最下位指名だったと思います。
入団と同時に快足を生かすべくスイッチヒッターに取り組み、実際に両打ちでの登録年度もあったように記憶しています。

キャンプで同室だった金森栄治選手に憧れ、金森さんにもらった26番のヘルメットを宝物にしておられましたね。

残念ながら一軍出場はかないませんでしたが、100m11.2という快足は私の心を掴んで離さず、エクスパンションドラフト(遊び)では必ず指名し、将来の2番打者として期待しておりました。

1990年に現役引退。
引退のその後はトレーナーとして活躍。
wikiによると「清原和博、石毛宏典、小久保裕紀、斉藤和巳らのトレーナーを歴任したのち2005年秋より寺原隼人と個人契約し、スランプに陥っていた寺原の筋力を強化、復活への目途をつけた。」だとか。

凄い。。。

プロ野球選手のその後は「壮絶人生ドキュメント 俺達はプロ野球選手だったを見た。」に象徴されるように、苦戦する選手が多い中、大成功の部類ではないでしょうか。

山尾伸一さん、ほとんど知る方はいないでしょうけど、私にとっては非常に思い出深い選手です。

1 件のコメント:

  1. 山尾伸一の息子です。親父のことを調べたら載っていてびっくりしました。

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